右目と左目のファンタジー(NO.7)

「成功体験」て、なんだろう。 いろいろな育児書や教育の専門書には、お約束のようにこの言葉が唱えられています。「幼児期には、できるだけ多くの成功体験を」と。

私は時々、自分の子どもの時の出来事を園便りに載せますが、多くのことは失敗した出来事です。しかも、それらの失敗はほんの一部であることを公表しなければならない残念さです。
ある時のこと、学校帰りに寄り道をしました。いつも着物をきちんと着ている清野おばあちゃんが「栄ちゃん、なんでもいいからお話してちょうだい」と、素敵なリビングで言いました。私は、椅子に座り直し、真剣な気持ちで話をしました。私は、フランス人のバレリーナの子どもであること。フランスから、船に揺られてやっとの思いで日本に来たこと。今の両親に拾われ、毎日、牛の世話と草むしりばかりさせられているから、いつも私の手は汚く、日本のお母さんは「すぐに洗ってきなさい」と、魔女の顔になること。日本のお父さんは、真面目な顔をしたギャングで、銀行口座をいくつかもっていて怖い顔で、銀行窓口の女の人と話をすること。苦労の連続のストーリーの終わりは、それでも私は頑張って、生きていこうと考えていると、締めくくりました。いいお話だと思いました。小学校2年生の頃だったと思います。清野さんは、にこにこして、時には涙を拭いながら聞いてくれたのです。
  1週間以上もたったある日のおやつの時間に、母は「青函連絡船に乗って、秋田のおばあちゃんの家に行って帰ってきたと思ったら、あなたはフランスから帰って来たんだね。今日は、手にミミズは丸めてないの?洗ってきなさい」と、斜めの目で言いました。父は「お父さんは、ギャングだぞ。どう見ても、お前は日本人にしか見えないなー」と、揃って斜めの目で言いました。
清野さんは、町内会の集まりで、私の話を面白おかしくしたようでした。それからというもの、学校でも友だちから「フランス人なの?」「捨てられっ子なの?」と、ずっとしつこく聞かれ、とても気まずい思いをしたのでした。4年生になってクラス替えしても言われたのです。

 このことで、友だちに嘘つきと言われたこともありました。人の物を取ったのに取ってないと嘘をついて、ひどく叱られることはありましたが、子どもはみんな空想話が大好きです。私は、このころから本を読んでは空想の世界を楽しみました。ファンタジーは、幻想の世界のことです。いいわけでしょうか。振り返ればたくさんの失敗があり、成功体験とはほど遠い私がいます。それでも楽しく、この歳まで生きてきました。

 子どもの頃に読んだ本で、マリアグリーぺ「忘れ川を超えた子どもたち」というお話の中に、ミルドウェーデルという怖い魔女が出てきます。この魔女は、刑場だった丘の上に住み、織物と占いをして暮らしていました。カラスと住んでいて、このカラスは片目が「昼の目」もう一つは「夜の目」を持っていたと書かれています。「昼の目」は、善の目、太陽の色つくあらゆるものを見、「夜の目」は月の目、太古の目、悪い目と言われていました。このカラスはずっと前、「夜の目」を失くしていて片目でした。「物語の終わりに、このカラスは「夜の目」を取り戻すのですが、作者はそこの時のミルドウェーデルの気持ちをこう書いています。カラスが片目だった頃、「昼の目」善の目を信用できなかった。でも「夜の目」悪い目が戻った今は、信用できると。善の目しか知らないと、善を信じることができないと言うのです。
 つまり、成功ばかりを体験していると、本当の成功は見えないのではないか。更には、「もうだめだ」というほどの失敗を経験してこそ、「これは成功だ!」と心の底から思える経験ができるのではないか、と思うのです。
 人は、見えるものばかりに心を奪われがちです。この世はそれだけではない。どうしても見えない世界はあります。見える世界と見えない世界の間から、人の命といっていいほどの想像力が生まれて来るのだと思うのです。
年長組の子どもたちは、運動遊びでも、その後の活動でも、失敗を繰り返し、うまくいきません。私でさえ見ていてもどかしい気持ちになりますから、担任の心や子供たちの心を想像すると苦しくなります。今こそ、幼児期にこそ、「夜の目」を十分に味わい、苦しみ、考え合い、仲間とイマジネーションを働かせることによって、きっと乗り越える素晴らしさを手に入れられるはずです。その時こそ、自分たちの相談した活動が成功したと心から思える体験になることでしょう。それを「学び」と言うのだと考えます。私たちは、「昼の目」と「夜の目」を持ち合わせながら、ファンタジックに過ごしている途中なのです。

*11月の予定*
1日 2022年度 入園受付
10日 身体測定
17日 わたしたちのすきなこと(ゆり組)
18日 わたしたちのすきなこと(たんぽぽ組・つぼみ組)
24日 アドベント第1週・つぼみ組コース送り開始
25日 避難訓練(不審者)
29日~12月10日 たんぽぽ組、つぼみ組個人懇談(希望者のみ)
30日 誕生会